昨日はもう過去

4ヶ月前に別れた男とよく行ったのは、わたしの家から車を1時間ほど走らせたところにある街だった。
買い物をしたりご飯を食べたり。目的もなく行ったこともあった。
あの男はあの街が好きだった。
自分が好きな街にわたしを連れていってくれる、ということがただただ嬉しかった。
わたしはいつも助手席から窓の外を見ながら歌っていた。


「いい加減、道覚えたよな?」
「ううん、全然」
「いや覚えろって。ひとりでも来られるようにさ」
「ひとりで来る機会なんてないもん」


ひとりで行く機会なんてないはずだったその街に昨日行った。
自分で車を運転して、ひとりで。
驚いたことに意外と道を覚えていた。
目的地の少し手前、車の通りが多く歩行者も多い場所で少しだけ迷ったくらいだった。


あの街を目指して、あの男の車に乗って通った道、トンネル、畑のど真ん中に敷かれたアスファルトの道路、目印にしていた曲がり角のコンビニエンスストア、地元の人に教えてもらった近道、一時不停止でおまわりさんに呼び止められた事のある踏み切り、いつも使っていたコインパーキング、ふたりのお気に入りだった古着屋。


どこを通っても、あのコンビニを目にしても、あの近道を通っても、あの踏切を渡っても、あのパーキングに入っても、あの古着屋に入っても、どこにいっても大丈夫。少し思い出すくらいで別に大丈夫だと思っていた。
実際、だいじょうぶだったし涙なんか出なかった。出なかったんだけど、だけど、「ああ、もうぜんぶ過去のことなんだなあ」って思ったら少しだけ切なくなって煙草ばっかり吸っていた。